アマデウス

今日の映画レビュー.comでは、『アマデウス』をご紹介します。
死後200年以上経てなお色褪せない。そんな楽曲を数多く残した天才作曲家ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの生涯を描いた作品です。彼と同時代に宮廷音楽家として活躍していたサリエリ老人の回想、という形で物語は始まります。この映画がアカデミー賞を総嘗めしたことからも伺えるように、「著名作曲家の伝記」という枠を越えるパワーを持った映画です。先にも挙げたサリエリという人物がキーパーソンとなります。
お調子者で、下品で、放蕩三昧のアマデウス。一方、サリエリは上品で皇帝からの信頼も厚く、地位も名誉もある。ところがアマデウスには神から授けられたとしか思えないような音楽の才能があった。そしてサリエリは誰よりも早く彼の才能に気がついてしまう。サリエリはひどく嘆きます。

――なぜ神は、自分にこの才能を与えてくれなかったのか。

サリエリのアマデウスに対する驚嘆は、表向きは称賛へ、しかし胸のうちでは嫉妬へと変化していきます。終盤にもなればそれは神への呪詛とも呼べるような恐ろしいものに。ここに、この映画に込められた「人の真実」を強く感じました。天才音楽家の伝記というだけではなく、人の普遍性も描かれていたのです。

素晴らしい才能を友人が持っていたとき、「すごいね!」と喜びつつ、心の奥に微かに嫉妬を覚えてしまったというような経験があります。そんな自分が嫌で、自分をひどく惨めに思ったものです。サリエリほどではないにしても、似たような気持ちを人はみんな持っているのではないか。そんなことを思うのです。サリエリを情けなく感じると共に、それでもなぜか彼を嫌いにはなれない、むしろ愛おしく感じる。サリエリは自分の中にもいるような気がする。そんなことを確認させてもらえたのかもしれません。
当然ではありますが、映画の中では始終モーツァルトの楽曲が使用されています。優美で、ときに激しく、ときに哀しい楽曲たち。やはりモーツァルトは天才です。彼の放蕩ぶりには呆れてしまいましたが、彼もまた人間らしく、愛おしい存在に描かれていたように思います。本日ご紹介させていただいた『アマデウス』ですが、『クラシック音楽に興味のある方』『音楽の都ウィーンの空気を感じたいという方』『少しだけ自分を見つめ直したいとお考えの方』に是非お勧めしたい映画でした。


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